エネルギーの混濁

  • 2017/09/25(月) 15:43:48

秋めいてきて朝晩は涼しくなったが、寒くなると人肌恋しくなって来る人もいるのではないだろうか。
若者が街で楽しそうに恋人同士手を繋ぎ合っているのを見たり中年や老夫婦でも手を繋いでいる男女を見かける。
一目で仲睦ましい老夫婦だと分かる男女は不思議に何となく顔が似ていたりする。
これはスピ的には説明のつくことで、常にエネルギー交換をしているから同じエネルギー、波動になり、雰囲気、顔まで似てくるのだ。

恋愛はエネルギー交換でもある。
相手のエネルギーを貰い自分のを与える。
いいエネルギー交換が出来ればお互い幸せでいつもいい関係になるだろう。

しかし一歩間違えるととても危険な場合もある。
恋愛は当然体の接触も伴う。
濃厚なお互いのエネルギーの遣り取りになるが、、相手がどんなエネルギーを持っているかも知らず簡単にそうなると後からとんでもないことになったりする。
エネルギーは本人自身のものもあるが付けているエネルギー体も同様で、例えば相手が何かの悪霊に憑依されていたりするとそれまで貰ってしまう場合もある。
憑依霊は優しい人や感じてくれそうな人の方に行くから、もし霊に敏感で気持ちの優しい人なら冷たく鈍感な彼氏の憑けている悪霊を引き受けてしまうことだってあるのだ。
相手が好きでうまく行っていても、接触する度に疲れたり体調が悪くなったりしたら疑ってみた方がいいかもしれない。

女性が生活のためやお金のために不特定多数とそういう関係を持つと、エネルギーに色が付いていたら自分の体に入ってくる様々な色のエネルギーが混じり合ってどんな様相になっているか想像に難くないだろう。
そしてそういうところに来る男性はそれなりのネガティブエネルギーを持っているから尚更だし、中には悪霊生霊を憑けている人もいる。
混濁したエネルギーが性的接触によって流れ込んでくるわけだ。

語弊があるが普通の主婦が夫が浮気をしたり性風俗に行ったのを知ったら、汚しいと感じることがある。
これはスピリチュアル的には真っ当な感覚で、他の黒いエネルギーを付けて来たのだから自分がそれを受けたくないと魂が拒否をしていると言える。
特定の男性を生理的に拒むのは相手のエネルギーを入れたくないというスピ的防衛本能が働く場合がある。
良し悪しは別にしても自分と馴染まないエネルギーだとか、相手の後ろに憑いているエネルギー体が拒絶しているなど見えない世界のからくりがあったりする。

男性も女性も濃密な関わりを持つということは相手の持っている様々なエネルギーを受けるということだから、なるべくなら本当に好きで波長の合う相手と恋愛し良いエネルギー交換をすべきだろう。
仕事でするのは勿論、淋しいからとか人肌恋しいからと次々相手を変えるのは、沢山の違ったエネルギーを受けることになるし、そういう人を相手にするとその相手の憑けているエネルギーまで貰うことになるのを忘れない方がいいと思う。


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仮面をたくさん持つ人

  • 2017/09/22(金) 16:24:41

私は画家をしているが、秋は大きな展覧会がありそれに出品する作品を馴染みの業者が昨日取りに来た。
個人でやっているところなので同じ人でもう何年もの付き合いになり、色々個展の時なども融通を利かせてくれたり助けられている。
なので来ると必ずよもやま話になる。

時には人生相談のようなことになったり、仕事が大変な時愚痴を聞いたりすることもあった。
彼は様々な作家に会うので美術界の裏面も知っていたりするが、今回はある人物の事を尋ねられた。
公募団体を退会した人なのだがどうしてか知りたかったようだ。
作品を取りに行くだけだからそこでの短い会話しかないが、しかしその時の印象はとても真面目で常識的な人だったので退会が不思議だったらしい。
私はその人と直接は一度飲み会で話しただけだが、色々な素行に関する話を多方面から聞いていて、それも私がその時に受けた印象を裏切らないものだったから、くだんの業者に見せている側面と私が知っている面とでは正反対なのが分かった。

世間的には人を教える立場なのに倫理的に問題のあることを堂々としていて、私は遠慮したい人だと思っていたのだが、それを知らない人には真面目で良識的に見えるのだろう。

世の中には幾つもの仮面を持っている人間がいる。
意図して使い分けている人もいるし知らずにそうなっている人もいる。

裏も表もない単純明快な人、複雑でどれが本当の彼、彼女なのか判らない人もいる。
案外本人自身も分かっていないのかもしれない。
結婚前はいい人だったのに、結婚してからは人が変わったとかDVになったという男性の話もよく聞く。

幾つもの面を持っているのが本質と言えばそれまでだが、そういう人と付き合う、まして恋人や伴侶に選ぶと大変だろうと思う。
良い人仮面をかぶった悪人なら分かりやすいが、ある人にとっては良い人である人にとっては悪い人という場合もあり、後者の方は怖さを感じる。
極端な話自分には凄く優しくていい人なのに、他所では人にひどいことをしていたりというのはよくあるパターンで、自分も逆鱗に振れたらひどい目に遭わされる可能性もある。

人間の本質を見抜くのは難しいが、もし知りたいと思ったらその人の周囲の評判や噂を聞いてみた方がいいかもしれない。
評価が別れたりあまりにも違う評価があるのなら、仮面を沢山持った危ない人の可能性もある。


「病」と「気」

  • 2017/09/20(水) 16:22:29

人間の体は不思議だ。
「病気」という言葉は文字通り病は気からという意味でもある。
特に念の強い人間はその矛先を自分に向けると、本当に病気になったりする。
子供が「学校へ行きたくない」と思うと実際におなかが痛くなるのは、気持ちが体に直結して神経が胃腸の動きに影響を与えるためだ。
緊張したら動悸がしたり赤面したり、胃腸が痛くなったりトイレが近くなったりするのも気持ちが体を動かしている。

私もパニック発作のような感じになったことがあるが、これは自分の心にスイッチが入ると起動するというのがよくわかる。
以前なった状況と同じ場面になったり、一瞬でも「大丈夫だろうか?」と不安になるとほぼなってしまう。
動悸や胃痛は原因の「気持ち」を克服すれば治るが、では大きな病気はどうだろうか。
実はこれもかなりの割合で自分が作るようだ。

何でも原因不明の病気はストレスのせいにされる傾向もあるが、人間の体が心と密接に連動している以上病気になるにもなってからも気の持ちようが大きくものを言う。
想念が強いと例えば胃が痛いからまたなったらいやだと思うだけで念は胃に向かうことになる。
私はどこかが気になると実際そこが痛み出すことがよくあるので、パニック発作も私的にはなっても仕方がないものだ。

認知症で訳が分からなくなった老人が、それまでの体の不調が治り元気になるという話はよく聞く。
意識のしっかりしている時は常に不調を気にしたり体の存在を感じていたのだが、認知症でもう頭が空白になると本来の自律神経しか働かないから体にとってはまことに楽な状態となって何の影響も受けず正常に動く。

スピに興味がなくてもどこか身体が不調になっている時は、明らかな病名の付く病気でない限りひょっとしたら自分が作り出している可能性も考えた方がいい。
特に生霊を飛ばすほど念の強い人は、等しくその念で自分も攻撃する時がある。
一番よくないのは自分を責めることでこれは想念の刃を自分に向けているのと同じだから、体はそれに従って自分で自分を攻撃し罰を与える。
胃痛ぐらいで済めばよいが、自己免疫疾患や癌も自分で作ると言われている。

大きな病気になる時はいくつかの原因が必ず重なるが、本当にそんな状態になったらそれまでの自分の心模様を検証して見た方がいいかもしれない。
悲傷、苦悩、自己否定、自責、罪悪感は必ず自分の体に傷をつけている。
それを探り原因を突き止めるだけでも納得出来て気持ちは楽になる。

「気」は自分を生かしもするし殺しもするほど力を持っている。


スピリチュアルと政治

  • 2017/09/18(月) 15:18:28

突然安倍総理が臨時国会の冒頭で解散をすると言い出した。
勿論「モリカケ」隠しや東京オリンピックの買収など都合の悪いことを吹っ飛ばし、北朝鮮脅威を煽って国民が思考停止している間にやってしまおうということだろう。
野党がごたごたして求心力を失っている間の今しかないと踏んだようだが、誰のための政治なのか?
言うまでもなく安倍総理は自分のための政治と解散だ。
それを批判もしないマスコミもおかしいし、何より北朝鮮危機をあんなに騒いでおきながら政治の空白を作るというのは危機ではないと語るに落ちたことになる。

大義名分を付けるためにまた消費税増税の延期とか、全額福祉や教育の無償化に向けるなど言いだすかもしれないが、小手先の二枚舌に騙される国民は愚かでTPPも防衛省の日報問題も「モリカケ」の丁寧な説明をします、もみんな嘘だった。

と、政権については私は憤懣やるかたない思いがあるが、実はスピリチュアル系ブログでは政治について語るのはご法度という暗黙の決まりがあるらしい。
特にそれで仕事をしている人たちは政治的スタンスを鮮明にすると営業に差し支えるという意識があるのか、時の政府を褒めても決して批判がましいことは言わないか無関心を装うのが業界の常識のようだ。
最近読み出したスピブログでも、政治のことを書いたらすぐ「よした方がいい」という同業者からのアドバイスが入ったと書いてあった。
中には人気ブログで「日本は一番、安倍総理万歳」のスピブログもあるが、ある意味旗幟がはっきりしているしスピリチュアル能力の高い人が自分の背後から降ろしているのだから、背後自体がそれ系の存在だと分かる。

私はスピリチュアリストもライトワーカーも今の世の中に生きているのだから、自分の国や政治に無関心でいていいのだろうかと考えている。
それ以前に彼らがよく言う「地球のために」とか「光で照らす」なら、生活自体を左右する政治や時事問題に無関心ではいられない筈だし、そこにこそ光を当てて良くして行かなければならないのにと思う。

スピブログでは私も書いたことがあるが、ネガティブなニュースや事件は見ない方がいいというのが大方の意見だ。
国会中継を見たら政治家は皆真っ黒だったと書いているスピブログもあって私も同意見だが、スピリチュアリストは殆どそこから離れなさいと説いている。
私も最近は政治家の黒いのも魂の予定調和だと諦めている部分もあるが、しかし他方今に生きているのだから自分の未来をよくするためにも不正の糾弾や正義は行われるべきだと思って国会中継も見るしネットで情報も集める。

自分を愛し今を大切にと説くスピリチュアルも判るが、愛せて今を充実させるには国のあり様に左右されるという部分が欠落しているような気がする。
戦争が起っても自分を愛し戦時下の今を大切にと同じように説けるだろうか。

どうも最近のスピリチュアルは自分以外の事は無関心で宇宙にお任せ的な傾向がある。
それはそれでニューエイジと呼ばれるスピリチュアル世界観なので否定はしない。
しかし、私の場合はやはり一人の国民としてもスピリチュアル人間としても、自分の事以外にも世の中を良くするためには関心を持ちたいと思っている。


人間の闇

  • 2017/09/16(土) 17:18:58

人間は誰でも心に闇を持っている。
嫉妬や嫌悪、憎しみなどは人としての感情なので誰でも一度は経験するだろう。
それが高じれば相手の不幸を願ったり呪ったり生霊を飛ばすこともある。

人は自分の中に光と闇を必ず持っている。
その割合により黒っぽい人間だったリするし、時期によっては割合が変わることもある。
そういう人や場所、集団に関わると影響を受けたりするし、スピリチュアリストが闇落ちするのは自分の黒い部分に魔が入って乗っ取られた時だ。

宇宙系のスピリチュアルでは「善悪なし、ジャッジしない」が基本だ。
光も闇もありというスタンスだから、従来の神仏をベースにした勧善懲悪的な光系闇系のスピリチュアル観を持っていると混乱してしまう。
闇があるから光があるし表裏一体でお互いの存在証明をしていると考えれば、一人の人間の中にも必ず光の部分と闇の部分があってしかるべきだ。

ただ、人としてより良く生きていくために信仰やスピリチュアル世界に入っていく人間は、まず自分の中の闇と対峙しなければならない。
人を憎んではいけない、嫉妬してはいけない、羨んではいけない、不幸を願ってはいけないなど、内なるダークサイドとの戦いが始まる。
過去を顧みてはどんなに自分が黒い人間だったかと思い出し落ち込んだり、分かっているのに今も誰かに怒りを感じたり嫉妬を感じていると自覚しては葛藤に苦しむ。

ユダヤ教の戒律に『視姦』という言葉がある。
女性を見ただけで心の中で姦淫しているという考え方だが、まさしく考えただけでも「罪だ、自分は黒い」と思ってしまうようになると、人間でいるが辛くなる。
時として私もその葛藤に悩むことがあるが、聖人君子になれるわけはないのにと苦笑する。

嫉妬、憎悪、恨みなど自覚せず感じてしまう時も人間ならあるだろうが、一番大切なのはどうして自分がその感情に囚われてしまうのか原因を突き止めることだろう。
必ず潜在意識やインナーチャイルドやトラウマという問題があったはずだ。
憎しみを抱く対象より憎しみの発生機序にフォーカスする必要があり、それこそがスピリチュアル視点からの課題解決だと思う。

今自分が黒に振れていると思ったら、どうしてだろうと原因を探ることから始めるのがいいのではないだろうか。