月の不思議

  • 2017/07/24(月) 17:09:43

昨日は新月だった。
新月には願い事を書くという新月ワークがあって、私も2年前からやっている。
大きな願い事はいつも変わらないが、10個まで書いていいらしいので時々小さな願い事も入れる。
端から馬鹿にしている人、半信半疑の人、書いても叶わないという人も多いが、仮に10個お願いして1個でも叶えば十分だと思う。
案外私は叶っているので、今でも続けている。
新月が叶えてくれるというより、本人自身が次の新月までこうありたいたいとかこうなればいいという自分への誓いと祈りで引き寄せが起こるという事なのかもしれない。

月が不思議な力を持つのはスピ世界でなくとも知られている。
満月の時には出産が多くなるし新月の時には死亡が多くなるのは統計的にも証明されている。
狼男で分かるように、満月は人を狂暴にしたり自殺や殺人、傷害事件が多い。
多分体にエネルギーが充満しネガティブに振れるとイライラや怒りが誘発されるのだろう。
反対に新月は体から出すのに向いておりデトックスや断捨離、様々なものの手放しにいいようだ。
そしてこれからだんだん満ちていくという意味で、新しいことを始めたり願いが叶いやすくなるという事らしい。

スピリチュアル界でも月のパワーは色々なものに使われヒーリングや浄化なども月の力を借りたりする。
科学的にも引力の関係で新月満月の前後は地震が多い。
今回も大きめの地震が世界各地で起こっているが、日本もまだ油断できない。
今年は水害の当たり年のようだが、地震を水で抑えている部分もあるのではないだろうか。
浄化には水と火が使われる。
大地も同じで洪水で流すか火事で焼き尽くすというのはある意味究極のリセットかもしれない。

自分が災害に遭ってはそんなことも言っていられないが、地球視点に立った時は天の大きな浄化かもしれないのだ。
まだまだ大地の浄化は続くと思う。
何とかその中でサバイブできるよう万全の備えをしておく必要がある。
特に新月と満月は要注意だ。


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人間の引き際

  • 2017/07/20(木) 17:30:16

どうやら安倍政権も終焉が近づいてきているようだ。
泥船に最後までしがみつく者、いち早く逃げ出す者。
同じ利得に与っても、引き返せないところまで行ってしまった者とギリギリ一線を超えなかった者の違いだろうか。
当の総理はいまだに辞める気はなく内閣改造で凌ぐつもりらしいが、情けないのは自民党内に引導を渡せるものがいないということだ。

「驕れる者久しからずや」「盛者必衰の理を表す」
当の本人はピントがずれているので、この意味も分かっていないかもしれない。
遅きに失したとしても、日本にはまだ自浄作用やまともな勧善懲悪の意識を持ってる国民がいたということだ。

官房機密費から年に盆暮れ二回に分けて五百万円ずつ一千万円を政権擁護の評論家やメディア関係者に配るのが歴代政権の慣例だったと、かつての自民党幹事長が暴露していた。
だから当然今も、ずっと論理破綻した安倍擁護を繰り広げている評論家やマスコミ、芸能人は、かなりの工作費を掴まされていたことだろう。
あるいは官僚などは前川前事務次官のように公安を使いスキャンダルを掴んで恫喝していたのもある。
飴と鞭の使い方はまさしくナチス並みで、そういう意味では今の安倍政権の狡猾極まりない政権運営は歴史に残る。
悲願の憲法改正ももはや不可能になったようだが、身の程も知らず今上天皇に蟷螂之斧を振り回したということだ。

人間は引き際が大事だ。
現総理に潔いという言葉はないようだが、人間の最後の在り方は魂の修行の結果ではないだろうか。
最後に悔い改めたり、あるいは全てを受容したりすればどんなカルマを積んできても、その軽減は図られるような気がする。

あの世に行く時に持って行けるのは一生で積んだ徳か業しかないそうだから、金と権力に執着して札束と取り巻きに囲まれてもそれらは一切捨てて行かねばならない。
今、政権で嘘とごまかしを繰り返している政治家と官僚も、あとせいぜい寿命20年の間に欲で集めたものは全て失っていく。
自分の人生の総括などしない人達だろうが、魂は死んだ時に積んだ徳と業をきちんと精査されるだろう。

一連の疑獄事件に連座した者達は、良心というものがあれば己の引き際を考えた方がいい。
死ぬまでにはまだ時間があるのだから、今からでも遅くはない。


背後霊の姿

  • 2017/07/18(火) 17:39:34

昨日は仕事の集まりに行って来た。
私は画家なので皆絵を描く人ばかりだ。
芸術家と言えば聞こえはいいが、どこかが欠落している人や、逆に芸術家というより俗的で有名になりたい権力がほしいという手合いも多くいる。
芸術家は癖のある人が多い。
危ない絵やおどろおどろしい絵を描く人は、すぐ危ないと分かる人もいるが一見普通で常識的な人もいる。
しかし長年の経験で絵は作家の根底にある、本人も知らない本質、潜在意識が出ていると確信をもって言える。

しかし怖いのは危ない部分や欠落した部分を持っていても美しい絵や綺麗な絵を描く人もいて、つまり危ない絵を描く人は危ない人と言えるが、綺麗な絵を描く人にも危ない人がいるということだ。
そのギャップはどこから来るかと言うと、絵を描いているのは本人のみならず本人の中、あるいは後ろにいる違う何かが描かせてていることもあるからではないだろうか。

私は大きな美術団体に属しているが、そこには日本を代表する有名作家も多い。
昨日は小さな集まりだったが、絵に興味のある人は誰でも知っているような女性作家が来ていた。
彼女は大御所なので絵の批評をすることがあるが、相手を切り捨て叩きのめすようなことを言う。
「下手だから絵をやめたら?」みたいなことはよく言うし、それで泣き出したり二度と会いたくないと言ったり実際筆を折った人もいたように聞く。

彼女は普通の人生経験をしておらず若い頃から認められ周りにちやほやされてきたので、自分は特別な人間だと思っており弱者の気持ちが分からない。
家庭も持たず子供もいないが、美貌の持ち主で絵も孔雀をモチーフにして美しく華麗だ。
同じ有名画家と同棲したり色恋沙汰はあったようだが、それも糧に栄華の階段を昇って行ったようだ。
当然周りは腫物を扱うように接する。

私は同じ支部に属しているので年に何回かは顔を合わせるが、彼女を観察していると人に激昂する時全く顔の表情が変わるのに気付いていた。
元々きつめで彫りの深い美人だが、一瞬で眉間に深い縦皺が入りぎょろりとした目になり般若のような顔になるのだ。
声も神経に障るような甲高い声で相手を威嚇する。
大抵の人間は震え上がるだろう。

ある時私はその一瞬出てくる別人のような彼女が、多分彼女に憑いている背後霊の姿なのだと思った。
彼女の場合は悪霊とかそういう類ではなく、画家として有名になり偉業を達成させるためについている鬼神の類だと思っている。
彼女を守り才能を与え彼女に来た呪詛や生霊を弾き飛ばし絵を描かせて、ある意味社会にミッションとしてその絵画を還元させているわけだ。

先日妻を亡くした歌舞伎役者の記事を書いたが、それと同類で様々な人のネガティブな念を受けても本人は全く平気でいる。
芸術家に限らずやはり世間に名の知られる著名人にはこういうタイプが多い。
良いことも悪いことも含めて、何か社会に対して大きなことをしなければならない役目を持っている人は、背後に強力な守護がいる。

有名人ではなくても、人の顔が一瞬変わるというのは時々ある。
友人でも知り合いでも、あまりに表情が一変して別人のようになるのは気を付けた方がいいかもしれない。
その人に憑依しているあまりよくないもの姿である可能性がある。
表情だけでなく突然別人になったような行動をしたり怒り出したりなどは、それまでそういうことが無くてそれが何度か起こるようになったら何かよくないものの影響を受けている場合があるからだ。


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縁の切り方

  • 2017/07/15(土) 16:58:01

人は生きている限り人間関係で躓く。
それが人としての修行であり、それを回避したければ人付き合いをしないか神仏に仕えるしかない。
しかし仮に神仏に仕えても聖職者の隠されたスキャンダルは歴史上古くからあり、寺院の生活も修道院の生活も人間が集まれば自ずと齟齬は生じる。
逆に言えば人の中で人に揉まれて学んでいくことが魂の成長に繋がるのかもしれない。

スピ的には自分の周りは鏡で似たような人が集まると言われるが、社会に生きている限り人を選べない場合もある。
その上人間は自分自身さえ判らないのだから、簡単に人の隠された本質まで見抜けるはずはない。
親子だって夫婦だって判っていたと思ったのに、何かの拍子にこんな面があったのだとぎょっとすることがある。
それが許容範囲であればいいが、どうしても信じられないような部分に気が付いてしまうと、親子なら絶縁、夫婦なら破鏡の悲劇となる。

他人なら簡単に離れてしまえばいいが、それでも親しくしていたり一時は信頼していて理解できたと思っていた友人が、実は思っているような人ではなかったと知ってしまうと人間不信になるほどショックなのだから、これが肉親や夫婦だと心理的ダメージが大きすぎてしばしばトラウマやPTSDになってしまう。

最近芸能界を賑わせている夫婦の泥沼離婚劇で、妻の方が夫を誹謗中傷する動画をアップしてストーカーのようなことをやっている。
炎上商法でまた注目されたいのかもしれないが、もともとこの女性はメンタルに偏った部分があり嫉妬に狂うと手が付けられないようだ。
顔を見ていると何かそれ系の物の怪を憑けているような感じだが、縁あって結婚したのにあまりにもこの顛末は恐ろしい。
こういうタイプの女性が丑の刻参りで藁人形に釘を打ち付けたのだろう。

ここまで来ると人生の修行どころか因業を積んでいるとしか思えないが、縁は結ぶ時より切れる時の在り方によって徳になるか業になるかも変わるような気がする。
どんな嫌な相手でも憎んだり呪ったりすればそれは自分のカルマを増やすことになるが、不条理だと思って怒りを感じてもやがてそれは人生の勉強だったと考えられるようになれば霊的進化と言えよう。

人生を変えられるほどひどい相手でも、逆に自分もその人を選択してしまったのだから、交通事故のように0対100はない。
激しい葛藤や別離を経て違うステージに行くことが出来れば、同じような相手とはもう会わなくて済むだろう。
親子、夫婦は特別なカルマで結びついているとしても、普通の人間関係の中では縁が切れる時もそれは必然だと思い必ず失ったものと得たものを考えてみた方がよい。
お花畑スピのようにどんな相手にも愛を送ろうとは言わないが、痛い思いも人としての学びだったと思える別れ方ならそれは決して業にはならない。

くだんの修羅場夫婦は、夫の方が今逃げ出さないと彼女に食べられてしまうような気がする。
まあ、逃げても呪詛されるから結界を張るしかないかもしれないが。
先頃話題をさらった秘書暴行の女性議員と言い、今の日本は人心が乱れて禍々しい邪気が蔓延しそれに乗っ取られる人が増えているのではないだろうか。


悪徳の栄え

  • 2017/07/13(木) 17:19:39

マルキッド・サド侯爵が書いた「美徳の不幸」「悪徳の栄え」という有名なSM小説があるが、善良な主人公はどこまでも虐げられ不幸が続き、悪辣な主人公は悪徳の限りを尽くして栄えていくといういわば世の不条理をSMという倒錯の世界で書いたものだ。
サド侯爵は究極の倒錯的性嗜虐者で、地位を利用し領民をその生贄にしたらしい。
権力者が奴隷や領民、あるいは敵を拷問にかけたり性嗜好の道具にしたりは歴史のどこを取っても行われてきた。
「殺人や暴行、強姦は犯罪」という社会に生きている今の我々は、本当にありがたい人生を享受してると思う。

しかし美徳と悪徳という定義は古来からあったにもかかわらず、奴隷は人間扱いはされず権力者は弱い者の生殺与奪の権を握っていたので、古代も中世も美徳や悪徳の基準自体が相対的なものであったのだろう。
それでも勧善懲悪という考え方は古くから様々な社会集団や宗教ではあって、日本も聖徳太子がその考えを記している。
人を殺さないまでも、社会で生きている限り悪人も善人もいて悪行も善行もある。
スピ的に言えば黒や闇と白や光という対立軸だろうか。

政治の世界を見てると政治家や官僚の欺瞞と不正が未だにまかり通って、それが明らかになって国民が皆知っていても嘘を付いている政治家やそれを守る官僚は失脚もしていないし、出世していく。
総理大臣もまだ地位にしがみついているが、連座する子分達もいつまで今の地位が持つかは不安になってきているに違いない。
不正に加担した中の人間でも、良心の呵責を感じている者、全く感じておらず国税庁長官に出世した官僚のようにやっと目的を達成できたと満足している者もいるだろう。

後者の方が断然多く、逆に何の痛痒も感じないからあんな嘘もつけるのだろうが、彼らが信賞必罰という神のルールに従って裁かれる日は来るのだろうか。
スピりチュアルでも今従来の神仏系と新しい宇宙系に別れていて、前者は因果応報、勧善懲罰、天誅、仏罰などという考え方をするが、後者の宇宙系はジャッジしない、悪も善もないという発想だ。
神もつまるところ宇宙に繋がると私は思っているが、さてどうなのだろう。

今、日本人は確実に美徳と悪徳のボーダーがぶれ始めていると思う。
例えば国民も二極化され美徳も悪徳も富裕層と貧困層では違うものになっていたり、良いこと悪いことの言葉の意味するところが全く別物になっている可能性を感じる。
官僚や政治家、金持ちににとってはどんな手段を使っても地位と権力を得るのが美徳で、それを見ている一般庶民はそれが悪徳だと考えるように。

戦争で人を殺せば英雄だし平和な社会で人を殺せば殺人罪だ。
善悪とは背景によって180度変わってしまう。

そういうことから宇宙系スピはジャッジしないという見方をするのかもしれないが、やはり人間は必ずどこかに普遍的な良心を持っていると思いたい。
だからこそ魂はカルマ解消や霊的進化のために人間になって生まれてくるのではないだろうか。